CASE01
パッシブな設計事務所からアクティブな地域のハブへ
~地域課題の解決へ向かう豊かなコミュニティの創造~
- 埼玉県草加市 / 一級建築士事務所 co-designstudio / 小嶋 直さん
2013年に1985地域アドバイザー拠点に登録されたco-designstudio 小嶋さん。単に住宅や店舗の設計を行うだけでなく、地域のハブ施設のコーディネートを手掛けることでまちづくりにも取り組んでいます。どんな経緯でまちづくりに参画することになったのか、その実際を教えて頂きました。

小嶋さん プロフィール
埼玉県川口市で生まれ育った小嶋さん。小学生の頃家の近くに建築家で画家の先生が寺子屋を開いていて、そこに通い始め、そこにあった模型や図面、家具、絵を目にして、「なんか建築家ってかっこいいな」というところから建築の道を目指すようになったそうです。「建築にはアカデミックな部分もあるけど、暮らしや生活に直結するものだから、机上でかっこいいものを追い求めて社会に意味のないものをつくるなよ」という寺子屋の先生の言葉を今も大切にされているそう。「建築=ただ図面を描く」ということではなく、暮らしの中にある学びを建築に反映させるという姿勢がこのとき既に培われたのですね。
そのまま建築への想いを持ち続け、大学も建築の学部に進みましたが、単に設計をするだけではない「建築都市デザイン学科」という学科に進まれました。そこはまちづくりの視点も持ち合わせた学科で、ひとつの建築物だけではなく街を見るというところも学ぶ学科だったそう。「ひとつひとつの家が集まって街になっている。自分たち一人ひとりの暮らしが街に繋がっている。」という先生の言葉が、今の思い・活動にも繋がっています。
大学を卒業すると設計事務所に進まれた小嶋さん。その事務所は住宅も手がけていましたが、文化財の修復なども取り扱っていました。そこで、綺麗に磨いた古い金物などを「調査が終わったから捨てていいよ」と言われ、使えるのに廃棄してしまうということに罪悪感や違和感を感じていました。そこからごみ問題や環境問題を意識し始めました。
また、この事務所では省エネ建築や断熱にも取り組んでいて、環境省事業の実験住宅などを建築し、温度の実測などもしていました。シミュレーションを立て、考えた通りに結果が出るということを数字で見ることができたというのが面白かったそう。住宅だけをやっている一設計事務所ではできなかった経験が、温熱環境やエネルギーへの意識に繫がっていきました。
co-designstudioとしての独立
ちょうど独立を考えていた時に住宅設計の依頼が舞い込み、それを機に事務所を設立されました。それまでに学んだこと・経験したことを深堀りして設計したいと思たっときに、全国的に省エネなどに取り組んでいる団体を調べ、Forward to 1985 energy lifeのホームページを見つけてくださったそうです。

当時のco-designstudio事務所
一級建築士事務所 コーデザインスタジオ
https://co-designstudio.jp/
ちょうど小嶋さんが独立された年と、Forward to 1985 energy lifeが法人化したのが同じ年でした。
独立する前の1年間は勉強など自由にさせてもらえる時間があったということで、断熱などの見学会などを色々探して参加されていましたが、自分の求めているレベルよりハイスペックな物件も多かったそう。そんな中、1985は断熱だけでなく、最終的な「家庭の省エネ」を目標にしているところだったり、メンバーに設計事務所が少ないというところにも面白みを感じて加盟することに決めたそうです。
設計事務所から地域のハブへ
あるクライアント様から店舗設計の依頼があった小嶋さん。クライアントさんは元々和菓子屋さんにあんこを卸していたそうですが、すごく素材などにこだわって作っていて、そのこだわりを直接お客様に伝えるために、卸ではなく直接販売ができる店舗を構えたいということで設計依頼がありました。商品の素材にこだわっているので、店舗に使う建材も県産材などにこだわりたいというお話を頂いたそうですが、co-design studioの設計姿勢以外にも、つなぐばという場所をつくっているという活動も知ってくださっていて、2つセットで共感してくださってのご依頼だったということがあとから分かりました。
つなぐばは埼玉県草加市にあるシェアアトリエで、スペースを借りてレッスンやワークショップを行ったり、カフェスペースを複数人の作り手でシェアして日替わりでごはんやお菓子を提供することができる非常にユニークな場所です。従来のシェアアトリエやシェアオフィスは決まったメンバーだけが出入りするものだったのが、つなぐばは様々な人が利用できる地域のハブとして機能しています。短時間でも借りられ、自分で店舗を作るというような大掛かりな初期投資が必要ないので、女性の創業の第一歩の場所としても活用されています。
シェアアトリエ つなぐば
https://shareatelier-tsunaguba.com/

つなぐば 外観

シェアキッチン

レンタルスペースでのレッスン

レンタルスペースでのワークショップ

6周年記念
ここの運営管理をco-design studioとは別に「つなぐば家守舎」という会社を立ち上げてされています。まさしくまちづくり、つながりづくりの会社ということになりますが、そこに至るまでの経緯はどのようなものだったのでしょうか。
行政連携のきっかけ
1985地域アドバイザー拠点としての課題で、「地域の行政窓口を訪ねる」というものがあります。日常的な業務で行政窓口を訪れるというと、建物を建てる際の申請関係になりますが、「繋がりづくり」を目的として一設計事務所が窓口を訪れることはそうないのではないでしょうか。小嶋さんはこの課題を早速実践に移し、川口市の地球温暖化防止活動推進センターを訪問しました。ちょうどその時「省エネ住宅ワーキングチーム」を組織しようとしていたところだったということで、そのメンバーとして活動することになりました。その経験を踏まえて、今度は首都圏の1985地域アドバイザー拠点メンバーと一緒に埼玉県地球温暖化防止活動推進センターを訪問し、縁あってそのセンターが主催するSEGsエコフォーラムに携わることになりました。現在はSDGsエコフォーラムでの活動以外に、学校等を会場にした断熱ワークショップなども担当されています。はじめは単にお手伝い的な、ボランタリーな活動でしたが、段々と”事業”として委託されるようになり、CSR的な活動からCSV活動に徐々にシフトしてきました。
※CSR(Corporate Social Responsibility):企業が社会的責任を果たすことであり、経済的な利益を目指すものではない。
※CSV(Creating Shared Value):「共有価値の創造」を軸とした経営のこと。共有価値とは、経済的価値(利益の獲得)と社会的価値(社会的課題の解決)を両立することを指す。
ボランタリーな活動から、会社にも・社会にもメリットのある”事業”へ
そんな活動をしてはいましたが、本業である設計事務所としては、いくら環境のためによく、社会のためにもなる性能の良い家を設計したいと思っても、お客様からの依頼がないと実現することができないという、どちらかというと受け身な立場でした。そんな時に身近でも空き家が問題になってきていて、自分たちから地域の大家さん等にアプローチしていくことで、受け身ではなく能動的に地域の問題解決と事業展開ができるカタチに生まれ変われるのではないかと考えられたそう。依頼があったわけでもないのに、ここをこんなふうに設計して、こんなふうに活用したら地域がよくなるんじゃないかというようなことを考えていた時に、タイミングよく草加市で「空き家を活用したリノベーションまちづくり事業」を行っていることを知り、且つ、草加市からも参加しないかとの声がかかり、つなぐばが実現しました。つなぐば立ち上げの際に行ったのが「欲しい暮らしは自分たちで。」をコンセプトにした断熱DIO(DO it ourselves)ワークショップです。
断熱DIOワークショップ
断熱DIOワークショップ開催の狙いは1つめにこのつなぐばをただの店舗・レンタルスペースではなく地域みんなのものだと認識してもらうこと。そしてもう1つはもちろん建物の断熱強化です。単にお店をつくる、レンタルスペースにして様々な人が使える場所にするということもまちづくりですが、そこに住民のみなさんの手が入ると、ぐっとその距離が近くなります。断熱DIOワークショップに参加していただくことで、その場所が完成する前から知っている、参加しているというのは、まちづくりを自分たちの手で行っているという確かな手応えを残すことができるのではないでしょうか。
そして、その空間はやはり誰にとっても快適でなければいけない。そのための断熱でもあり、断熱の意識を広めるためにも、このDIOは左官や木工ではなく「断熱」である必要がありました。つなぐばが永く市民に愛されるには「断熱」も「DIO」もどちらも不可欠な要素だったのです。
つなぐば以降の展開
つなぐばのスタートから○年後、○○○○年に「さいかちどブンコ」を開設されました。さいかちどブンコは私設図書館で、「一箱本棚オーナー」を募り、そのオーナーが蔵書を用意しています。通常、図書館というと運営者が蔵書を置いて、利用者は本を借りるという一方通行ですが、ここでは運営も利用者も地域の方に行っていただいているので、つなぐば同様に双方向に文化や交流が行き交う拠点になっています。

一箱本棚オーナーの仕組みは私設図書館の中でもユニーク

いかちどブンコ 外観

様々なイベントが地域の人を結びつける
その他にも鉄道会社所有の団地のリノベーション・活用運営や、新たに古民家を借りてのシェアアトリエ計画が進行しているそうです。
大きな事業に携わることも増えてきましたが、これからも「ひとつひとつの家が集まって街になっている。自分たち一人ひとりの暮らしが街に繋がっている。」という意識を大切にしながら、地域で活動していきたいと語っていらっしゃいました。
まとめ ~ここがターニングポイント~
今回小嶋さんのお話を伺って、あまりにもストーリーが美しすぎてどこがターニングポイントだったのかわからなくなりそうでしたが、おそらく
・拠点活動のスタートとして行政窓口を訪問した
・ボランタリーな活動にもしっかり取り組んだ
・地域の問題解決に能動的に取り組んだ
という3点が挙げられると思います。この3つの活動は、設計業務を主とする事務所では「面倒」「時間がない」と後回しにしたくなってしまうことだと思いますが、小嶋さんはそこに真摯に向き合い、10年以上をかけて一歩ずつ、少しずつ、できることからやってきた結果、つなぐばやさいかちどブンコという拠点づくり、また行政や大企業とのコラボに繫がったのだと思います。そして、こうした活動はco-design studioさん1社だけで行ってきたのではなく、1985地域アドバイザー拠点の仲間がいたからこそ続けてこられたのではないかと思います。
また、単にコラボレーションやボランタリーな活動で終わるのではなく、そこに自身の事業的価値を見出し、地域の方と一緒に持続可能な場を作り上げたというところが成功の秘訣だったのではないでしょうか。建築実務者は単に場をつくるだけが仕事ではないということ、また視野を広げる・活動を広げることでこんなにも豊かな社会づくりに寄与できるということを改めて感じました。